齋藤由馬さんの人間力に迫る!茅野ブランド「8Peaks BREWING」奮闘記 おいしいビールとおいしく飲める街を目指して

おいしいビールを作りたい、おいしいビールが飲める街を作りたい。そんな熱い思いを胸にクラフトビールを作る会社を立ち上げた8Peaks BREWINGの齋藤由馬さん。ビール作りも5年目を迎え、ファンを増やし続けています。今年は新工場も完成し、その成長は止まることを知りません。順風満帆に思える齋藤さんの事業ですが、創業当時には人知れぬ苦労もあったようです。今回はここまで語られてこなかった、ここまでの道のりのお話を聞かせていただきました。

代表的なビールの説明

「ヤイヤイペールエール」赤みの肉に合うよう作られた、オレンジのような香りと麦芽のコク味と苦味。豚のソテーなどと一緒に飲むと味に厚みが増し、苦味が脂を切ってくれるので次の一口がまたおいしく食べられる。

「メタウィートエール」淡白なブロイラーの鶏肉や信州サーモン、ヤマメ、イワナといった淡水の魚に合う。バナナやトロピカルフルーツのような風味で苦味がなく、軽快な酸味が特徴。セロリのような青い香りの香味野菜ともとても合う。

「アチーラセゾン」夏限定。ペアリングではなくシチュエーション特化型の商品。真夏に涼しい高原の風を浴びながら真っ昼間から飲んでおいしいというコンセプト。柚子の皮を使用した酸味があってかすかなほろ苦さ。ジューシーな味わい。

「8soba」一番新しい商品。八ヶ岳の麓、茅野市柏原地区の玄そば100%を使用したビール。ちの観光まちづくり推進機構との共同企画。粉にする前の玄そばを破砕して澱粉質を露出したものを原料とし、最後にフワッとそばの香りとフルーティーでパイナップルやレモンのような香りを楽しめる。ルチンによるとろみがあり、あまり苦くない。蕎麦に合わせて飲んでほしい。

茅野ブランド「8Peaks BREWING」奮闘記

ご紹介に預かりました、茅野市北山から参りました齋藤と申します。
8Peaks BREWINGという地ビールブランドを製造しております、株式会社エイトピークスという会社を経営しております。
今日はぜひビールを飲んでいただきながらお話を聞いていただければと思っております。

ぼくが作るビールはどんなものかと言いますと、諏訪地域の食にあうビールを作ることを心がけています。

諏訪という地を考えたときに、まず諏訪湖と八ヶ岳の二大ランドマークが思い浮かびました。また日本海側からの塩の道と太平洋側の塩の道が交差する最も海から遠いところ。歴史的に海産物に恵まれなかった土地であろうとも思われます。また中世には全国的に肉を食べてはいけない時代がありましたが、例外的に諏訪大社上社を信仰していれば鹿食免といわれる鹿を食べる免状をいただくことができたことから、肉を食べられる食文化だったんじゃないかと考えました。

創業期の苦労
今日はこれまであまり語られてこなかった創業時のお話などをさせていただけたらと思っています。うちの親も知らないような話かもしれません。先ほど紹介していただいたように上田の出身で2017年9月に移住したので、移住7年目くらいになります。
なぜ上田ではなくわざわざ茅野に移住してきたかといいますと、ビール作りにとって理想的な環境だったというのが大きな一つの要因でした。
中でもビールの主要な原材料の一つであるホップですね。八ヶ岳というのは元々ホップの産地だったんです。80年ほど前、大手ビール会社キリンビールによって開拓された日本初、かつ最大級のホップの産地でありました。その時は今よりもう少し南麓の山梨県長坂町(現在の北杜市)あたりが最初に栽培が始まった地域だったと言われています。
ホップは冷涼な環境を好むということで、そこから西麓の方、富士見町、原村、茅野市の方へ栽培面積が広がっていったんです。そんなこともあって、原材料の栽培からビールの製造をしたいっていうのが経緯です。
ぼくは花農家の家に生まれたんですが、花は役に立たないものという認識が強かった。しかしホップの緑のコロコロした鞠花を花と定義しまして、ビールというのはホップという花を使った2次加工品なのではないのかと考えるようになったわけです。そこには花農家の矜持を保つためという部分もあったかと思います。
2017年9月1日より移住しまして、2カ月間アルバイトをしながら市場調査をしました。2018年1月14日が登記日です。

実は私、会社を立ち上げる際にやってはいけないことをたいてい網羅してきました。

①共同経営者を募った
こんな会社を作りたいという話をしていたらおもしろそうだから協力させてほしいと言ってきた人がいました。サラリーマンとしてお勤めの方でその傍で協力したいと言うんです。当時自分もまだ20代で若かったので、立ち上げる際には1人より2人、2人より3人と人数が多いほうがいいんじゃないかと思ったんです。喜んで受け入れました。でも今となっては何人いようが責任取る人間は1人なんで、つまりやらなきゃよかったなと思っています。人生もう一周できるのであれば断ろうと思っています。責任を取る人間が意思決定をすればいいんですが、決定権を完全に2つに割ってしまったんですね。自分が製造に関することを、もう1人が営業に関することをというふうにお互いの合意形成がなされないと何一つ物事が進まない形をとってしまった。「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがありますが、方向性や考え方の擦り合わせができていない人間がいくら集まってもだめ。これは「烏合の衆」ともいいます。多数決で決めたことでも必ずしも良いものができる保証はない。責任の所在があいまいですからね。小規模から事業を始める場合、合意形成はもちろん大切ですが、責任をとる人間の「何がなんでもやり切る」という気持ち、決断も大事なんです。

②出資者を募った
移住者で認知度もないぼくにも出資してくれる人はいました。共同経営者と2人で協力してやりますという話に、別荘地区にお住まいで会社を経営されていた方などが出資を申し出てくれた。株主8人から800万円を集めて始めました。ただ、出資をすると、「言うことを聞きなさい」と言われるんです。その通りだなとも思うんだけど、資金調達が簡単にできる代わりにそれによる縛りを受けることになる。甘かったなと今では思っています。

共同経営者は片手間で。出資者もものをいう。
会社名も元は「株式会社八ヶ岳ビール」という名前から始まりました。これは株主の一存で決まりました。これは株主の方々から出た案だったんですが、ぼくは反対したんですね。なぜなら清里に八ヶ岳地ビールという売り文句でビールを作っているタッチダウンさんという会社があるんですね。地ビールは人口10万人に対して1件ほどという非常に狭い業界。その中で商標や会社の名前で余計な紛争の種をまくことはないと言ったんです。でも「そんなことじゃあ大きな会社にはなれない。そこより大きな会社にすればいい」と言われて共同経営者もいいんじゃないかということで、多数決になってしまった。
もちろん出資をする方にも本当にその会社のことを考えてやられている方も多いと思うのですけれど、うちの会社は学級崩壊のような状態になっていたんです。ブランド名を決めるのも株主の合意を得ないとならない。全部の意見を組み合わせていいものになるわけではない。参画している人が多ければ多いほど、意志を揃えるというのは大変だなと思いました。

ちょうど同じころ、運転資金を借り入れる必要が出てきました。400万円です。
そうしましたら共同経営が連帯保証人になりたくないから会社を辞めたいと言ってきたんです。2人でやると言うから協力すると言ったのに話が違うと株主から言われ、(株主をおりたいから)お金を返してくれとなってしまいました。800万のうち550万円。そこで仕方なく臨時株主総会を開いて、その場でこの会社をどうするか決めなさいと言われました。
それでも、「この地域で一番うまいビールを作りたいっていう気持ちは今も変わらない。この会社をやり始めたのはぼくなんで、会社続けることで恩返ししたい」と言って、株を買い取ることにしました。ちなみに現在、株主は3人います。ひとりは今の奥さんで当時の彼女。もうひとりはその時も「最後まで協力しますよ」と言ってひとりだけ残ってくれた方です。
ぼくは実家の親父からは勘当されていますから、母親からと、まだ結婚してもいなかった今の奥さんのご両親からお金を借りて株を買い取りました。最後に「あなたがやっていることは泥舟だから手をひくのだよ」と言われました。でもね、宇宙船に使われるセラミックも元は泥ですから、空に浮かべる泥舟にするぞ!と思いながら2018年11月に「株式会社エイトピークス」に商号を変更し、ちょうど同じ頃にお酒を作る免許がおりまして12月から販売を開始することになりました。
創業の時もめちゃくちゃ大変でした。商品開発や誰に向けたビールを作りたいかという話ではなく、恥ずかしい話ですが身内のことで悩んでいて、決して順風満帆ではなかった。

これから何かしらご事業をされる方もいらっしゃるかと思うんですが、自分で始めるのが一番いいと思います。ヨーロッパの格言では「地獄への道は人の善意で舗装されているが、天国というのは人の善行で満ちている」というのがあります。結局、口だけでなく行動が伴うか伴わないかということなんだと思います。そういう人の話を聞いている時間はないと思ったわけです。

8Peaks BREWINGの目指すものと戦略
2013年3月から半月ほどビールの勉強をしにドイツに行きました。南ドイツ・バイエルン州にホテルを取ってあちこちに行ってみました。自治体ごとに醸造所があって直営のビアレストランがある国です。一つの醸造所で4〜5種類のビールが作られているので、すべては飲めませんから厳選して飲むことにしていました。

ある時どこの駅だったかは正確に覚えていないんですが、とある駅で降りて駅の目の前にあるビアレストランに入ったんですね。カウンターに座って隣りにいたおじさんにどのビールがおすすめですか?と聞いたら、「くだらない質問はやめろ」と笑われた。ここの店で一番おいしいのはこの街のビールに決まってると言われました。じゃあということでおじさんと同じものをくださいと飲んだ。それは南ドイツの、明るい黄金色をしたビールでした。ハッとするくらいおいしくて、ノーマークの名前も知らない街のビールが、という驚きもあって感動しました。あまりにおいしかったので帰りに500mlのボトルを買ってホテルに戻ってシャワーを浴びてから、もう一度飲んだんです。そしたらおいしいはおいしいんだけど、お店で飲んだときのような感動がない。レストランで飲んだときと何が違うんだろうと思ったんです。そのときにビールがおいしいシチュエーションというのは、おいしいビールだけでなく、ビールがおいしいと感じる外部環境も必要なんだと気づきました。

ビールを飲みに、八ヶ岳に旅してほしい
八ヶ岳に飲みに来てもらうには八ヶ岳なりのビールがおいしい環境が必要。八ヶ岳「で」いいんじゃなくて、八ヶ岳「が」いいと思ってもらえるビールにしなくちゃいけないと思っています。時間とお金をかけてでも行って飲みたいと思われる「ビールのおいしい街」にしたい。ビール作りはまちづくり。だから観光をはじめとした外部環境づくりにも貢献させてもらえたらと思ってやらせてもらっています。

交流人口を増やし、お酒でおもてなし。すると訪れた人にとってそこは知らない土地から知っている土地になり、好きな土地になる。やがて移住につながり定住人口を増やす。そういう点で観光、まちづくりに協力する価値がある。八ヶ岳の地域に根ざしたお酒、特別な地域と思って移住して人が減らない、より住みやすい地域づくりに貢献することにもなる。ビールは滞在時間の満足度を高める商材なんです。

ビールというのは液体でアルコール度数も低いので、輸送コストがマックスにかかる商品です。長距離輸送に向かないので通常は東京などのビックマーケットに近いところに工場があります。

ただうちの場合は「ビールに旅をさせるんじゃなく、お客さまに旅をしてきてほしい」八ヶ岳から外に出すんじゃなくて、八ヶ岳に人が集ってくるように。八ヶ岳全体、特に茅野市は人口に対する移住者の比率が高くまた定住率が高い。人を受け入れる抵抗がないんだと思うんですね。少なくない方が「昔は良かった」というけれど、でも、これからよくするための行動にも移せる方たちだと思っています。

プロフィール
齋藤由馬
1989年上田市生まれ、切花農家4代目。長野工業高等専門学校 電気電子科卒業後、医療用漢方製剤製薬会社の株式会社ツムラに就職。3.11をきっかけに地元のために何かできないかとUターン。実家の花農家を手伝いながらホップの研究を始める。2017年茅野市に移住し2018年株式会社八ヶ岳ビール(旧商号)を設立。同年11月に株式会社エイトピークスに商号変更。同社代表取締役。