イベントレポート『自分がいるところが文化だ。そこで踊れ』〜「editor.O」上映会を終えて、本のある場とその可能性を語る

「まちライブラリーブックフェスタ スペシャル企画」として、河出書房新社元編集長であり塩尻市立図書館で「本の寺子屋」を立ち上げた長田洋一さんのドキュメンタリー映画「editor.O」の上映会を行いました。上映後は、川口ひろ子さん(ドキュメンタリー映画「editor.O」監督)、矢澤昭義さん(塩尻市立図書館館長)、平賀研也さん(たきびや/元県立図書館館長[進行])、礒井純充(「まちライブラリー」提唱者)と参加者を交えたたきび談義を開催しました。

本レポートでは、映画の中で福島泰樹さんが語った「長田さんは『自分がいるところが文化だ』と思っておられるのだと思う」という言葉を出発点に、長田さんのこと、本のある場について交わされた意見をまとめました。

厳しくもやさしい「友愛」の人

平賀研也(以下:平賀):はじめに、矢澤さん、礒井さんに映画の記憶に残った言葉やシーンをお聞きしましょう。

矢澤昭義(以下:矢澤):印象に残ったシーンは色々ありますが、映画の最後の長田さんの笑顔です。川口監督から「本がつないでいる人間関係を狙っているんですか」と聞かれた時の笑顔がすごく印象に残っています。長田さんの笑顔はなかなか見られないので。

礒井純充(以下:礒井):言葉ではないのですが、本は人間なんだと。長田さんは本というメディアを通して人間を見ているんだと思いました。

平賀研也(以下:平賀):僕は、映画の冒頭、川口監督が「落とし前をつけましょう」と言うのを聞いて、おお!となりました。もう一つは、長田さんの「脳内図書館」という言葉です。僕は、伊那図書館の館長を8年やった後に県立図書館の館長をしていましたので、本以上に書棚という仕組みがすごく大事なんです。長田さんも同じような感覚を持ってらっしゃるんだなと思いました。

もう一つは、福島泰樹さんが「自分がいるところが文化だ」と語るシーンです。

川口ひろ子(以下:川口):「自分がいるところが文化だ。そこで踊れ。」というのは長田さんの思想なんですね。福島泰樹さんが、「長田さんはそう思って生きているんだ」とおっしゃっていました。

川口ひろ子さん(「editor.O」監督)
平賀研也(たきびや/元県立図書館館長[進行])
矢澤昭義(塩尻市立図書館館長)
礒井純充(「まちライブラリー」提唱者)

川口:作家は名前が残るし、「本」という形が残るじゃないですか。例えば、作家たちが並んで写っている写真があると、下に名前が入っている人は作家で、名前のない人は編集者なんです。編集者の名前は残らない。仕事は組織やチームで行うものですが、成果をあげた時に名前があがらない人がたくさんいると思うことがありました。編集者の仕事を残すことは非常に大事なことだと思いました。

素敵な編集者はたくさんいましたが、その中でも長田さんは神様みたいな人、と周りから思われていたんじゃないでしょうか。ものすごく厳しくて、ものすごく誠実で、ものすごくやさしい人なんです。

平賀:映画では、長田さんの人との関係の深さが「友愛」という言葉で語られていました。そこには厳しさと誠実さがあり、誰もが敬遠する作家の懐に飛び込んでいくところがありましたね。

川口:長田さんは、良いものを探しているのだと思います。いい作家と出会いたい、いいものを作りたいっていうことに一生懸命な人です。だからものすごく厳しかった、期待するところが大きいのでしょう。

長田さんに叱られたという話はよく聞きましたが、怒った後のやさしさがある。人を見捨てないんです。作家が書いた原稿を3回見てダメだったらもう相手をしないというのでなく、長田さんは、50回の書き直しを言うけれど、51回目を持ってきたらまた読んでくれる人だと思います。

平賀:僕自身も、目の前のいる人たちのために、また、その人たちと一緒にやりたいという想いが活動の原動力だったと思います。

川口:今回の映画づくりでは、「映画を上映するための委員会」が横浜で立ち上がったんです。「私はこれができます」「これをやりたい」「この人を紹介します」と、個人的におっしゃってくださる方々がたくさんいて、私も、みなさんとのやり取りや触れ合いの楽しさを体験しました。

平賀:本の寺子屋での長田さんの様子はいかがでしたか?

矢澤:長田さんは真っ直ぐで真摯な方です。寺子屋に対しても、自分がやるべきことに対しても。

長田さんが体調不良で寺子屋に出席できない旨の連絡をいただいたことがありました。開催前日ギリギリまで考えて判断された誠実な想いが言葉でも伝わってきました。人にも厳しいけれど、フォローもしてくださいます。

塩尻職員:私は昨年の4月から長田さんとやり取りをさせていただいています。当初引き継ぎがうまくできておらず、長田さんに心配をかけてしまったことがあったんですが、その時はみなさんのおっしゃる「厳しさ」を痛感しました。でもその後、長田さんが丁寧にどこがいけなかったかを話してくださり、同じ過ちを犯さないように気をつけるようになりました。

長田さんは、本の寺子屋の講師となる作家一人一人に手紙で依頼をしてくださり、小さな図書館では招くことができない方々に来ていただけるのも長田さんのおかげだと思っています。

平賀:まちライブラリーからみて長田さんはどうでしょう。まちライブラリーは、人をつなぐ力があるなあと思っているのですが。

礒井:我々はどうしても最後に出来上がった形やパッケージにこだわりを持ってしまいがちです。リーフレットに長田さんは「眼差しの人」と書かれてますが、眼差しは「人」に対するものなんですよね、「物」ではなくて。長田さんは、人に対する眼差しがものすごく突き抜けていて、本じゃなくて人を残すことに徹している。作家の目を見て「この人を生かすにはどうしたらいいのか」ということを考えていたんじゃないかと思いました。

場づくりも、運営者らが自分たちの会社や役所にどう役立つかに意識がいきがちですが、人間そのものが見れなと人は繋がっていかないんじゃないかと考えています。

『自分がいるところが文化だ』長田さんの思想から本のある場を考える

平賀: 僕はこの映画を見て、80年代は、読むべき本、読みたい本をみんなと分かち合っていた時代だったと感じました。今思うと、本というメディアにとっても幸せな時代だった。

映画の冒頭で、川口さんが「落とし前をつけましょう」と、映画の撮影について長田さんを説得する場面がありますが、この時代に対する「落とし前」という意識もあるのでしょうか。

川口:はい。この映画を作る時に、長田さんと出版社、そしてその時代の3つの歴史を辿り、3列の縦線の上で作りました。距離を置いてみると、作り手としては、納得がいくものが表現できたと思っています。

確かに、80年代は、本が文化の頂点にあった時代でした。それが崩壊していったのは、一つは本が売れなくなり、それは、読者が見えなくなったという自覚を生みました。私たちにはたくさんの娯楽が用意される時代になっていました。

突然、売れる本を作る方向に舵を切ってベストセラーをつくり、統計で成果を評価するという過ちが悪循環となって、結局、出版業界の幸せな時代が終わってしまったんだと思います。

出版社の倉庫では、返本を積んでおくと税金がかかりますから、ものすごいスピードで断裁したりスプレーを吹き付けたりして本を破棄してしまいます。それは全く痛ましい状況です。

平賀:破棄される多くはベストセラーですよね。いまさらあの良かった時代には戻れませんが、じゃあこれからどうしたらいいのか、僕は考えてみたいと思っているんです。

平賀:先ほど「自分がいるところが文化だ」という長田さんの思想が紹介されました。最後に、これから、本のある場がどんなふうになっていったらいいか、お聞かせください。

川口:平等で自由な場は、本当に大事だと思っています。それはどんな場にも通じる。

知人の看護師さんが仕事をしながらお義母さんの介護もしているんですが、仕事では有能なのに介護では関係がギクシャクしてしまう。それは、自分とお姑さんの関係が平等じゃないからで、彼女は「話し合うしかない」という結論に達したそうです。

例えば、ガミガミ言い過ぎたら、お義母さんが卑屈になりクーラーを全く付けなくなってしまった。そんな時、「光熱費がすごくかかるから、申し訳ないけれどお母さんも少し負担してくれませんか」と話をしたそうです。口にするとキツくて嫌なことでも、平等になるためにお互いが提案や課題を出し合い話し合うことができれば、色々なところで場が作れるんじゃないかと思っています。

礒井:学ぶや教えるのではなく、「学び合う」なんです。「学び合う」が、自由で平等な関係性を作る大事な要素だと思います。著名な人から話を聞くのではなく、今日のたきび談義のように、参加している人が情報を発信して登壇者も刺激を得て、みんなで学んでいくことが大事。

また、平等は、「みんなで」でなく「私」からだと。「私が自由に生きたいということは、隣の人も自由にやりたいはずだ」と考えた時に初めて平等は実現する。ここみすず地域は、こだわりを持った方々を生み出した場ですが、さらに、自分と180度違う意見を受け入れる寛容さを持つようになると文化が生まれると思っています。

矢澤:今までの「本の寺子屋」では、著名な作家と膝を付き合わせ、息遣いが聞こえる近さで話を聞くことで極上の本との出会いを提供することで、自分のジャンルが広がり、本好きがより本を好きになることを目指してきました。

次は「交流」だと。作家さんとの交流は、講演会終了後の質疑応答でも多くの質問が飛び交うなど活発です。昨年からは、寺子屋の後で参加者同士や図書館職員と参加者など自分とは違う読書体験の方々との交流を行っていて、読書の幅や人間関係も広がっていけばと考えています。

長田さんは、『「本の寺子屋」が地方を創る 塩尻市立図書館の挑戦』の中で、学生さんたちと共にワークショップを通して自分たちで考える場、つまり、学習し、研究し、それをどのようなメディアでも構わないので発表する場を作っていきたいと書いています。

私たちとしても、「進化する図書館」を目指しており、より長田さんの想いに応えられるような、そして、自分たちの想いを載せていけるような図書館や寺子屋にしたいと思ってます。

平賀:最後に監督から一言いただけますか。

川口:今日は本当にありがとうございました。

私は、映画を作ったら見てもらいたい、見てもらったら話がしたいとずっと思ってきました。今日ここでたきびトークをさせていただいて、「私のやりたいことはこれだった!」とすごく腑に落ちました。

このドキュメンタリー映画の上映は引き続き行なっていきますので、ご興味をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひ気軽に声をかけてください。よろしくお願いいたします。

川口監督にお持ちいただいた「映画で紹介された本」と、本の寺子屋の活動、まちライブラリーの本とともに展示しました。

矢澤昭義(塩尻市立図書館館長)
塩尻市図書館で「信州しおじり本の寺子屋」が始まったきっかけは、長田洋一さんが当時の内野靖彦館長を訪ねてこられたことでした。鳥取県に「本の学校」というのがあって、それを塩尻でもやってみようということになったんです。
名前をどうしようかとみんなで考えあぐねていた時に、「本の寺子屋!」と提案したのが私でした。2012年からスタートし、今年で13年目になります。今年は16回 の講演会と企画展も4回ほど企画していて、長田さんは、その半分ほどを考えてくださっています。

礒井純充(まちライブラリー提唱者)
まちライブラリーは、2011年にスタートして全国に累計値で1170カ所あります。公立図書館と違うのは、メッセージを付けた本をみんなで持ち寄って貸し借りし、読んだらメッセージを書いていくという仕組みです。私は本の専門家ではなく、これまでまちづくりに関わってきました。地域にひとりひとりの自分の「居場所」が作れたらいいんじゃないかとこの活動を始めました。自分の「居場所」づくりによって、自分も地域に参加できる、私もこんなことができるんだという内発的なエネルギーを見つけていただけたらと思っています。
この地域一帯は、ちくま書房、岩波書房、みすず書房の創業者を生み出した地で、本の力を持っている魅力的なエリアです。公共図書館、書店といった垣根を越えて本のある場に関わる人たちが集まったら面白いだろうと平賀さんにも来ていただいて、今回もこのような会を開催しました。

【開催実績】
映画「editor.O」上映会とたきび談義〜「みすず」地方の本文化とその可能性を考える
日時:2024年9月22日(日)13:00~16:00
スピーカー:
川口ひろ子(「editor.O」監督)
矢澤昭義(塩尻市立図書館館長)
平賀研也(たきびや/元県立長野図書館館長[進行])
礒井純充(まちライブラリー提唱者)